「ノブレス・オブリージュ」というフランス語があります。
意味は「高貴さは強制する」。
具体的には、財力、権力、社会的に良いポジションに付いた人は、社会に還元すべきという考え方です。
資本主義の特徴は、格差ができることです。
チャンスは誰にでもありますが、基本、金を持っている人が強いことに代わりありません。
ところが、蓄財の才がある人が、他の才能を持っているのかというと違う場合が多い。
このため、昔の人は、「人を育て、文化を育てること」で社会に還元しようとしました。
■ノブレス・オブリージュの例
遠く海外の例を引くまでもなく、日本にもそんな人は多くいました。
一番有名なのは、倉敷の大原孫三郎でしょうね。
親の代から紡績商を営む倉敷きっての名家の生まれですが、ノブレス・オブリージュの考えを伝えたのは、岡山孤児院の創設者である石井十次と言われています。
大原社会問題研究所、労働科学研究所、倉敷中央病院などを作り、社会貢献していった彼ですが、一番有名なのは大原美術館ですね。
孫三郎は、洋画家の児島虎次郎のパトロンをしていたのですが、彼を通じ、西洋美術、エジプト・中近東美術、中国美術も集めさせます。
これを広く市民に見せられるようにしたのが、大原美術館。
1930年設立と言いますから、昭和5年。
すごい昔です。
ちなみに、アメリカは大原美術館のコレクションを知っていたので、倉敷は爆撃を免れたという話もあるのですが、真偽はわかりません。しかし、うなずけるコレクションではあります。
もし本当なら、文化を残し、その文化により街を守った孫三郎は、やはり傑出した人です。
これは公共事業で箱物を作るのとは一線を画します。
組織を結成し、それに相応しい人を招き、育て、それに相応しい場所を用意する。
並々ならないことです。
しかし、文化的な地方は、このような人が必ずいました。
私財を投じても、今でいう余り儲からないビジネスをやり抜くわけです。
これが、いわゆるノブレス・オブリージュです。
今、地方活性ができないと言われます。
それはしかたないですね。
理由は簡単です。
文化的な面白みがないからです。
このため、人は情報が集まり、文化が生まれやすい都市に集中するわけです。
昔の農村には、閉鎖的でもありましたが、文化的でもありました。
庄屋などの有力者は、絵師、俳人などの文化人を招き、逗留してもらうのですね。
講演ではありません。
逗留です。
何週間か過ごしてもらうことにより、土地の人と絵師、俳人はゆっくり馴染みます。
そうすることにより、いろいろなモノが芽吹くわけです。
地域がゆっくり活性化します。
ところが今の活性化は違いますね。
「金さえあれば」に近い。
馴染むというより、一発芸です。
いまでも時々新聞で「過去最高利益」の文字を見る日本ですが、今こんな感じはないですね。
起業が、スポーツ事業、文化事業からどんどん足を洗います。
そしてリストラ。
社長の年収が、数億円と言われる人がいる割りに、「還元なし」の社会になっています。
■ダイソン・アワードとは
掃除機のサイクロン・システムを開発したジェームス・ダイソンの苦労した時代の話は、最近いろいろなメディアで取り上げられるようになりました。
が、面白いのは、その後ですね。
彼は第一線のデザイン・エンジニアとして、会社でがんばっているのです。
実は、ベンチャー企業は、軌道に乗ったら手放す人がかなり多いです。
手放すとかなりの金額になるので、そのまま遊んでしまう人もいます。
ダイソンが選んだ道は違いますね。
会社を経営しながら、技術者としての矜持を保った上、エンジニアを育成する道を選びました。
それは「技術が人の世を変える」という信念からです。
これはエンジニア(メーカー人)共通の思想だと思います。
故スティーブ・ジョブス氏が、ジョン・スカリー氏をヘッドハンティングした時の言葉が「このまま一生砂糖水を売りつづけたいか? それとも世界を変えたいか?」(Do you want to sell sugar water for the rest of your life, or do you want to change the world?)は、有名で、同じ考えから来ている別表現と思います。
理工学部の学生、メーカーに勤める人も、同じ気持ちだと思います。
そう言った気持ちの表れ、新しい発想を支援しようという試みがダイソン・アワードです。
■ダイソン・アワードの課題
課題(応募要項)は、実にシンプルです。
「問題を解決するものをデザイン(設計)してください。」
の一行です。
ダイソンは、紙パック掃除機の吸引力が段々下がってくるという不満を抱えていた。
これに対しサイクロン・システムを作った。
要するに、ダイソン・アワードは、彼の原点。
「問題を解決するためのデザイン」にお金を出すのである。
ただし額はタンマリではありません。。
国際最優秀賞者でも、3万ポンド。(日本円で、約510万円)
国内最優秀賞者には、2千ポンド。(日本円で、約34万円)
である。
これは、ダイソン氏が、作っても作っても売れない時代を過ごしたためだとも思えます。
金がタップリあると、時間をかけ創造性のあるモノができるもの事実です。
しかし、ないときの方が踏ん張れる。
その意味で、賞金は次の試作品を作れる金額にしてあるのではと思えるのです。
ただ違うところもあります。
注目を得られるということです。
今、小口投資もありますからね。
注目を集めると、資金を得られる可能性は大です。
これは、ダイソン・アワードの大きな利点です。
■国内優秀賞
今回、日本でその栄誉に浴したのは5点ですね。
1位 | Qolo 筑波大 江口、清谷 |
足が不自由な人が、起立、着席の動作を行い、また立った状態で移動するという、日常生活の基本的な動作を行えるよう開発された支援機器。 |
2位 | Raplus 桑原デザイン研究所 菅原 東工大 北野 |
近年、脳卒中による麻痺や転倒が原因の歩行機能障害が増加しており、その回復へのリハビリを適切に補助するために開発された小型リハビリアシスト装置 |
3位 | COMP*PASS 慶応大 中垣 |
紙の上で「描く」という手軽さや身近さ、それにCADなどのコンピューターソフトウェアによる正確さと速さ、この二つを融合させた、紙の上で多様な図形の描画ができるコンパス |
4位 | DOTS 名古屋大大学院 鶴見、島田、名古屋大 狩野 |
目の不自由な人のスケジュールメモ。空いている日を触覚で伝える機能が付いている。 |
5位 | HoverBall 東大大学院 新田、樋口、 東工大 田所 |
球体枠の中に4ローターホバーを組み込んだボール。力の差なく、球技を楽しむために設計。同時にこれを使用する新しい球技を考案中。 |
それぞれの詳細紹介は次の通りです。
■人間の尊厳を取り戻すために「Qolo」
後述しますが、昨年の最優秀賞は「handiii(義手)」でした。
今度は、立てない人のサポートです。
手がないのも不便ですが、立てないのも不便です。
私は、死ぬ日までトイレには一人でを目標にしています。
立てなくなったら、生きて行くのがいやになりますね。
おっと話がずれました。
Qoloのポイントは、優れた車椅子という発想ではありません。
Qoloのポイントは、自分の意志で立つ、ということにあります。
体が不自由になった時、割と問題になるのは、心のケアです。
ひどい場合には、心が体のバランスをダメにすることさえあります。
車椅子に慣れた人は、動きに余り制限はありませんが、それまでと違うのは「視点」ですね。
常にのぞき込まれるわけです。
これがダメな人がいます。
Qoloはそれに対する一つの回答です。
考え方は「外骨格」。動くギブスと言ってもイイかも知れません。
と言ってもわかりにくいですね。
どんなものか動画を用意しましたので、ご覧ください。
(尚、タイトルはソフトの関係で小文字が使えなかったので大文字を使用しています。ご了承願います。)
■小さな巨人「Raplus」
歩行のリハビリはとても大変です。
理由は2つですね。
上半身の重さを支えなければならないこと。
そして、膝、足首の関節を元通りにすることです。
これは難しい。
人体解剖図を見てもらうと分かるのですが、足は全て筋肉です。
この構造でなければ、上半身を支え、移動することは難しいわけです。
そのため、足の関節は極めて成功にできています。
治しながら、自在に動かせるようにするのはとても難しいのです。
このため、足のリハビリには、足の外骨格ともいうべき、装具が使われます。
装具は基本的に膝が曲がりません。
まず伸ばした状態の足で、上半身を支える筋力を戻します。
そして膝の曲げ伸ばし、つまり関節が使えるようにすると言うわけです。
と書きましたが、今歩行障害が多いのは高齢者です。
回復も遅ければ、基本的な運動能力も低い。
介護者は常に付いていなければなりません。
このため、補助具がありますが、今までは全ての体重を補助具で支える形のものですから、大がかりの上に、値段も高い。
増える高齢者全員に使えるものでは、ありません。
リハビリ補助具「Raplus」は、その難易度が高い膝のサポートに絞ったモノです。
地味に見えますが、これが実用化されれば、介護は確実に楽になります。
■違和感こそ創造力の源「COMP*PASS」
コンパスは元々円を描く道具です。
円運動で円を描くわけですから、心理的にも全く違和感がありません。
ところがそれが四角であったらどうでしょうか?
違和感がありますよね。
COMP*PASSは、点対称であれば、全ての図形を描くことができる機能を持っていますが、一番重要なことは違和感があることです。
人間の道具は、基本、手、足の延長としてできてきます。
つまり、使って違和感がないことが、人間の道具といえます。
これはそれを裏切ります。
円なのに、角を生じるわけです。
ここで必ず役に立つというものではありませんが、創造性を刺激されますね。
面白いです。
■目の不自由な人のスケジュール帳、「DOTS」
スマートホンは非常に便利です。
特に、音声が使えることは大きいですね。
うまくすれば、音声だけでしたいことをすることも可能です。
目の不自由な人にも便利な機能です。
ところが、目が不自由になって一番の問題は、情報「俯瞰」なのです。
例えばスケジュール。
個々のスケジュールは、音声で伝えることができます。
が、「どの日が空いていますか?」と言われるとどうでしょうか?
個々のスケジュールを全てチェックしないとわからない。
つまり「俯瞰」ができないわけです。
DOTはそれに対応した、目の不自由な人のスケジュール・ツールです。
俯瞰は、目の不自由な人の「目」ともいえる「触感」を利用します。
スケジュールなどは音声でインプットします。
そしてスケジュールを入れると、その月日を示すドットが出てこない仕組みです。
考えられていますね、
■新しい遊びの創造「HoverBall」
Hoverball(以下ホバーボール)は、ボールからの発想ではありません。
遊びからの発想です。
球技には、必ずプロがいます。
野球、サッカー、バレーボール、バスケットボールなどなど。
プロがいるということは、レベル差があるわけです。
では、その逆。
プロができないような、幼児と大人が互角に遊べる球技はできないだろうという発想です。
どんな球技かも定まっていないのですが、それに使うボールを作って見たのが、ホバーボールなのです。
まだ私も閃いてはいないのですが、なんか面白いモノができそうだと思いますね。
逆に、ホバーボールを作り上げ、販売。
新しい球技を求めるのも一興と思います。
Dyson Awardは、「デザイン」が条件ですからね。
試作品がなくても応募できるわけです。
■ダイソン・アワードの意味
ダイソン・アワードの条件には、もう一つあります。
対象が、世界18カ国の大学において工業デザイン、プロダクトデザイン、エンジニアリングを専攻する学生ならびに卒業後4年以内の卒業生なのです。
単純にいえば、会社に組み込まれていない人が対象なのです。
逆にいえば、起業を促しているといってもいい。
日本は起業のきっかけが少ないですからね。
これはありだと思います。
会場に、2013年国際準優秀賞を取った「handiii」の開発チームが来ていました。
今は、会社を辞めて、exiiiという会社を設立したそうです。
彼らのあり方は、別稿で書きたいと思いますが、彼らが来たことで、ちょっとしたサロンの雰囲気が出ました。
試作品は、3Dプリンターを駆使して作ったそうですが、これがきれい。
動きを見てください。
起業したので、生き方にリアリティーがあります。
次にがんばろうとしている人には、見本ですし、いろいろと聞くこともできます。
技術を作るのは「人」ですからね。
粋な計らいとも言えます。
未来を作る一手としては、イイ感じだと思いました。
■未来は「教育」から
ダイソン・アワードはイベントですが、ジェームス・ダイソン財団は教育機関への支援、学校でのワークショップなどもしています。
こちらの支援は、金額が半端ではないです。
数億円、ポーンとだします。
教育は、時間、人、金が掛かります。
で、ついぞ疎かにしますね。
今、日本の教育は、正直レベルが下がっていると思います。
もっと確かな知識と創造性、そして人間味が出てくるような教育をしなければならないのでしょうが、なかなかそうはなりません。
逆に、ワークショップなど、社会から刺激を与えるのは一興です。
ノブレス・オブリージュ。
この言葉を知り、実践することは、素敵なことだと思いました。
詳しい情報は、ジェームズ・ダイソン財団のホームページにてご確認ください。
http://www.jamesdysonaward.org/ja/