できなかった「量産化技術」をものにできた理由は?
ツインバード スターリング冷蔵庫
ツインバード。
鳥のマークが付いた製品をお持ちの読者も多いと思います。
特に今年のツインバードの新製品、LEDスタンドは良い出来です。
ところがツインバードの内覧会に行くと、冒頭話されるのは新製品ではありません。
それはスターリング冷蔵庫(クーラー)。今回は、そのお話です。
■白物家電の大きな基本、「熱」
人間の進化に欠かせないモノ。
それは「火」です。
闇を遠ざけ、食物を料理・加工する、しかも寒い時に温めてくれる。
ギリシャ神話では、プロメテウスが天界から火を盗み、人間にもたらしたとされています。
人間は栄えたのですが、プロメテウスはコーカサス火山の山頂に貼り付けにされ、ハゲタカに肝臓をついばまれる刑を科せられました。
この話から始めたのは理由があります。
それは白物家電の半分は「熱」に関係あるものです。
冷蔵庫、調理家電、エアコン等々、全部そうです。
「熱」はエネルギーの一形態です。
産業革命は、エネルギー革命といういいからたもできます。
熱力学は、この時大いに発展しました。
いまある家電の基礎理論の大半はこの時期できました。
最も有名なのは「カルノー定理」です。
非常に明快な定理で、この定理から熱力学第二法則、エントロピーが導き出されました。
時に1820年頃。
江戸の文政年間。11代将軍 徳川家斉の時代です。
■スターリングクーラーの基本、「スターリングエンジン」
この当時は蒸気機関が主流でしたが、何分にも大きいし、圧力が高いので爆発すると大惨事です。
このため圧力を使わないエンジンを考えました。
それが1816年に作られたスターリングエンジンです。
熱により気体の体積が変わるのは、皆様もご存じの通りで、温度が高いと膨張し、低くなると収縮します。
この体積差によりピストンを動かす、つまり熱エネルギーを運動エネルギーに変えるわけです。
この逆、運動エネルギーを熱エネルギーに変えるのがスターリングクーラー(冷蔵庫)(以下SC)と呼ばれる熱効率が極めてイイ冷蔵庫を作ることができるのです。
発明された当時、スターリングエンジンは、かなり作られたと記録に残っています。
が、それは熱効率が最もよいエンジンとしてではなく、当時のが蒸気機関より安全性が高かったからです。
しかし、蒸気機関も安全性を増します。
そしてガソリンエンジンの発明。
出力の弱いスターリングエンジンは、返り見られなくなります。
その後、見直しされるのは「石油ショック」の時です。
1970〜1990年。
理論上、最も効率がいいエンジンですからね。
この時は各国共に、国を挙げて取り組みました。
日本では、1982〜1987年。
「汎用スターリングエンジンの研究開発」プロジェクトを実施。三菱電機、東芝、アイシン精機、三洋電機が参加しています。
1990年から、この分野は撤退が続きます。
日本陣も撤退です。
単純にいえば、このそうそうたるメーカーでも「量産型を開発することができなかった」からです。
効率が良いものは、なまじのことでは秘密を明かしてくれないのです。
■スターリングクーラー
下の図は、ツインバードが開発したフリーピストン型のSCモジュールです。
ピストンを上下させることにより、吸熱、排熱が起こります。
エンジンは熱エネルギーを運動エネルギーに変え、冷蔵庫は運動エネルギーを熱エネルギーに変えます。
が、構造はシンプルであることがわかります。
とりあえず、そこを認識してもらえればよいです。
そして機能ですが、それはスゴい。
1)液体窒素温度レベル(-196℃)の冷却が可能。
2)0.5℃レベルの精密な温度制御が可能。
3)冷媒がヘリウムなので地球に優しい。
4)ほどんど振動しない。
5)小型、軽量。
6)耐久性に富む。
7)極めて省エネ。モジュールの消費電力は10W。ただし点で冷やすため、広さに限度がある。
私見を述べさせてもらいますと、理論がシンプルであればあるほど、その商品化は難しい。
カルノー定理は、非常に綺麗な定理です。
シンプルでもあります。
それだけにSCを商品化する時の要求は非常に厳しいモノがあります。
例えば断熱なら、完全な「断熱」です。
これは実現できない。
しかし、それに限りなく近しいことを求められるのです。
ギリギリの実現可能な所で実用化するのですが、その難易度も極めて高いのです。
SCの難易度も並みではありません。
■何が難しいのか?
では何が難しいのでしょうか?
例を上げてみましょう。
日本がお家芸にしていました「光ディスク」。
新しい光ディスクを作る場合、その後の市場を見通したコンセプトもさることながら、それに対応する「素材」の開発、そして正しく動作していることを確認できる、「評価・測定器」が重要です。
日本が強かったのは、これを全部国内に持っていたからです。
それでも最後の光ディスク、Blu-rayディスクの時は、本当に大変。
ピットが100nmオーダーですからね。
初めての挑戦は、創意工夫、そしてそれを支える意志と情熱しかありません。
SCの場合、ピストンの動きをロスなくエネルギーにするためには、「精度」が問題でした。
ヘリウムガスを通さないレベルが必要です。
ミクロンだの、ナノだと書くのは簡単ですが、肉眼では捕捉できません。
確かに手感覚に優れた職人さんでできる人は稀にはいるのです。
しかし、量産とは、誰でも同じようにできて、初めて「量産」となるのですから、その技術は凄いモノです。
量産時の精度という意味で有名なのは、「ワン・オブ・ザ・サウザント」と呼ばれる銃でしょう。
機械で作られる銃ですが、1000挺に1挺、並外れた精度でできる銃があるそうです。
当然、命中率もイイ。
有名なガンマンが使ったという話は、そこかしこから聞こえてきます。
逆に言えば、精度を上げるということは、それまでの技術だけですと1個を得るために999個を捨てるということです。
これは唸ります。
量産ではありません。
機械というのは、煎じ詰めると「精度」が重要になります。
例えば、自動車会社が自動車評論家に乗ってもらうためのクルマですが、徹底して設計図通りの部品で組み立てたクルマを出すそうです。
単純にいえば、設計通りの、最も性能がよいクルマと言い換えることができます。
レースをする時、お金がない人がして最も速くなるチューンは、分解して再度組み直すことです。
バランスを合わせながら丁寧に組む。
同じパーツで組まれているのですが、見違えるように走ります。
精度を1桁上げるには、トライ&エラーの集積しかないです。
毎日ちょっとずつしか進歩しません。
職人芸に限りなく近い世界。
それの量産化が、いかに難しい世界かイメージして頂けたでしょうか?
ちなみにツインバードは、約6年掛かったそうです。
■何故、ツインバードが成功できたのか?
ツインバードは量産化技術をモノにするに6年間掛かったと言います。
その間、設計、試作、検証、フィードバックを積み重ねたわけです。
簡単に書いていますが、6年間1つのことをやり通すのは並大抵のことではありません。
中学に入った子供が、高校卒業する間です。
先に完成させた人がいて、着地点が見えている技術ではないですからね。
かなり辛かったと思います。
SCの関係者の方々に、「何故そんな長期間頑張れたのか」と理由を聞いてみました。
この質問の答えはマチマチでした。
そこで質問を変えてみました。
「何故、諦めなかったのですか?」
答えは、1つ。
全員口を揃えて、「社長が諦めなかった!」
実は、今年取材していて「一番心に残った回答」です。
これは今、日本が直面している課題の1つの回答だと思います。
ツインバードの先代の社長は、他の事業で儲けたお金をSC開発に入れたそうです。
それは、やり遂げることができれば、他社に真似のできない大きな財産になるからです。
しかし、開発が長引くと沈滞してきます。
報告書が積み重なる割りに進展はありません。
先駆者ですから、横を向いても解答はありません。
このため、多くの会社でこれを許しません。
大企業であればあるほど、見込みが薄いと直ぐ撤退です。
逆にいえば、中小企業、社長が全員の顔を知っていて、声を掛けられるサイズだからできたのかも知れません。
「最後まで、自分の意見を通せるのは創業者だけ」とは、よく言われることですが、SCはうまく行った例だと思います。
しかしそれには並々ならぬ信念が必要です。
また、担当の方もよく頑張り続けたと思います。
心から祝福したいです。
■スターリング冷蔵庫で描かれる未来図
そんな思いまでして開発したSCですが、SCでツインバードが儲かっているのかと言えば、まだそうでもありません。
ようやく、商売が軌道に乗り始めたところです。
現在は、正確な温度制御と小型、軽量、そして品質の良さが評価されて米国のワクチン輸送に使われているそうです。
安価な低温輸送を欲しがっているのは、医療だけでありません。
日本酒、ワインの輸送。
鮮魚、精肉の輸送。
それだけではありません。
今から実用化される低温物理関係の設備には欲しいでしょうし、近未来自分を冷凍睡眠する時には多用されるでしょう。
世界は広いです。
ツインバードのSCは、十分知れ渡っているとはいえません。
ちなみにバッテリー駆動も可能なので、バッテリー搭載モデルが出たなら、私は花見に使いたいですね。
私が好きな日本酒は、本当に温度変化に弱いですから。
釣りの時にも使いたい。
まさに持ち運べる、my 冷蔵庫ですね。
個人が持つ、HDDの数、ディスプレイの数が、ステータスの時代がありましたが、今後はどこでも冷蔵庫を持って歩けることがステータスになるかも知れません。
ちなみに、お値段もかなりリーズナブルです。
ツインバードが開発したこのSCはワクチン輸送だけでなく、実際に宇宙で使われています。
日本用の冷蔵庫として、国際宇宙ステーションの日本の実験棟「きぼう」で使われたのです。
何故普通の冷蔵庫ではダメなのでしょうか?
宇宙では地球と違い上下がありません。特に移動中はそうです。
このため、地上で使われている冷蔵庫を宇宙に持って行くと、移動中に液体の冷媒とガスの冷媒がシェイクされ、冷媒としての機能をなさない可能性があるためです。
古い冷蔵庫は横にしてもダメ、冷えなくなる時があると言われますからね。
SC生産しているといえども、いざ宇宙が舞台となると、やはり見直しを行わないといけない部分がでてきます。
よく頑張ったなぁと思います。
■燕三条市という土地柄
ツインバードの本社がある燕三条市を歩くと、玄関先、駐車場エリアが茶に染まっていることが多いです。
聞くと、冬場雪を溶かすのに地下水を用いるとか。
何でも鉄分が多いので、茶に染まるそうです。
メッキ工場として、燕三条市の工業団地で生まれたツインバード。
昔から鉄、金属に強い土地柄だったと聞きますが、その土地で育った工場は、金属精密加工という技術を手に入れました。
日本のどのメーカーも持たないスターリングクーラーという固有の技術を用いて、今まさに世界を飛び始めたわけです。
しかしそれは、この金属の神様に見込まれた様な土地だからできたような気もしました。
また、周りに金属加工のメーカーがいろいろありますからね。
取材時も、周りの協力がありましたと言われましたね。
商品は「天(時)」「地」「人」が必要です。
ツインバードは「地」「人」を持っていると思います。
あと、「時」を掴み、大きく飛躍されることを願ってやみません。
商品のより詳しい情報は、ツインバード スターリングクーラーのホームページにてご確認ください。
http://fpsc.twinbird.jp/#
2014年11月9日