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【熱中症】児童への熱中症予防の試み、三鷹中学校で検証中


暑いです。いや熱いです。とにかく日が傾くまで外に出るのを避けているほどです。しかし、そうもいかず昨日は午後2時ごろ外へ。地下鉄の死角に入ったような場所での取材で、徒歩移動となりました。
2時なのでビル影がちょっと出始めています。その影を縫うように移動。日向と日陰で温度が全く違いますね。日陰ならそれなりの距離が歩けそうです。が、それが続いてくれるわけではありません。日陰がないエリアへ出ました。そこからは気を強く持たないとダメですね。「今晩、ビール!」を合言葉に、なんとか切り抜けましたが、思い出したのは、7月の上旬、三鷹での取材。熱中症予防の検証の取材でした。
 
■学校とエアコンと熱中症
令和の今、公共の建物には基本エアコンが設置されています。学舎である学校も例外ではありません。7月上旬でも、気温が体温より高くなる日があり、学業に身が入らないどころか、熱中症で命が危なくなる時があるからです。当然、政府も交付金でサポートしています。

2020年9月30日行われた文部科学省の発表によると、小中学校などの普通教室は、全国に426414室あり、うち設置済みは396567室。93%となっています。秋田、青森、北海道、北国の一部が遅れているそうです。これはなんとなくわかる話です。
政府は、普通教室に続き、理科室などの特別教室、また体育館などにも設置100%を目指しているが、グラフを見る限り、こちらは時間がかかりそう。

●2020年9月30日行われた文部科学省の発表資料より掲載


また学校はこのような教室以外にも廊下、トイレなどがあります。当日学校でトイレを使わせてもらいましたが、そこは灼熱。昔のような臭気こそないものの、西陽が差し込む位置のトイレは余りいただけません。少しなら我慢という意見もあるかも知れませんが、息む(いきむ)こともするわけですから。児童の血管は弾力性に富みますので、大丈夫だろうとは思いますが、気温の酷い差異は、体調不良の原因にもなりますので、ここもなんとかして欲しいものです。

また学校の授業は、教室だけではありません。体育の授業もあれば、部活もあります。体育では、「夏はプール」という必殺技が使えますが、部活はそうは行きません。陸上、野球、サッカー、ラグビー、テニスなどなどを、2時間位体を動かし続けるわけです。それを昔の夏ならともかく、今の体温に近い環境下で行うなんて、超厳しい。
問題はこの暑さだけではありません。体調が悪いと酷暑でなくても熱中症になる可能性があります。小中学生の体調急変はある話です。まだ体が十分出来上がっていない年頃です。

エアコンが常備されても、熱中症は大きな問題として学校教育の前に立ちはだかることになります。

 
■熱中症と肌体温と深部体温
熱中症は、体が熱を処理しきれなくなると発症します。人は恒温動物。発汗による体温調整機能を持っています。ただ体温は部位によりかなり変わります。皆さんが普段体温と呼んでいるのは、皮膚温。最も測りやすい体温です。一方、脳、臓器など、体の深部、一番重要な体温は、深部体温と呼ばれ、皮膚温より0.5から1℃高いと言われています。
深部体温は直腸、膀胱、鼓膜などで測定します。外からアプローチできる体内に一番近い部位で測定するわけですが、これがとても測りにくい。そのため比較的深部に近い体表として、一般的に用いられているのが、皮膚温でも脇の下の皮膚温と言うことです。

熱中症の「意識が朦朧とする」「めまいがする」「頭が痛い」「吐き気がする」「体がだるい」という症状は、脳、臓器が、高温にさらされ、調子がおかしくなっているためです。

臓器の中で、一番重要なのは脳です。では、どの位の温度で不調に陥るのでしょうか? 今年6月に、イギリスの分子生物学研究所Medical Research Council Laboratoryが行った発表によりますと、脳の平均体温は38.5℃。最高は40.9℃。40.9℃でも正常だったと言います。

皮膚温で言うと、水銀を使った体温計は42℃までしか目盛りがないものがあります。それ以上体温が上がる場合は、死んでしまうからだそうです。きっと脳は45℃以上。熱で憤死した例としては、平家物語に、平清盛はあつち死をしたとありますが、体温はどうだったのでしょうか? 「比叡山より千手井の水をくみくだし石の舟にたたへて、それにおりてひえ給へば、水おびただしくわきあがッて、程なく湯にぞなりにける。もしやたすかり給ふと筧(かけひ)の水をまかせたれば、石やくろがねなンどの焼けたるやうに、水ほどばしッて寄りつかず。おのづからあたる水は、ほむらとなッてもえければ、黒煙殿中にみちみちて、炎うづまいてあがりけり。」 清盛の体が焼けた鉄のような描写です。

しかし、これだけの熱を持った清盛の遺言は「「われ保元、平治よりこのかた、度々の朝敵をたひらげ、勧賞身にあまり、かたじけなくも帝祖、太政大臣にいたり栄花子孫に及ぶ。今生の望一事ものこる処なし。ただし思ひおく事とては、伊豆国の流人、前兵衛佐頼朝が頸を見ざりつるこそやすからね。われいかにもなりなん後は、堂搭をもたて孝養をもすべからず。やがて打手をつかはし、頼朝が首をはねて、わが墓のまへにかくべし。それぞ孝養にてあらんずる」

ごくごく真っ当な遺言。思考は冷静であったことが分かります。脳は熱に強いのかもしれません。

深部体温も、一枚板ではないことが分かります。このことから、熱中症の予防とは体温を上げない工夫をすること。そして熱中症の対応は、上がってしまった体温を下げることであることが分かります。

 
■計りにくい深部体温
「自分のことを一番わかっていないのは自分」。よく使われる言葉です。それは体調にも当てはまります。自分では大丈夫なつもりなのに、母親に「あんた、熱があるんじゃない?」と、体温計で測ったら熱があった経験は、ほとんどの人が持っていることと思います。

母の愛情は、海よりも深く、子どもを守りますが、それは隣にいる時のみ。学校などは別。その上、教師1人に生徒40人の学校に母親並みの目配りを求めること自体ナンセンス。できるわけないです。もっとドライな、科学的な予防が必要です。熱中症の場合、まずすべきは、深部体温の連続計測です。

「なら計ればいいのでは?」となりますが、いざ実行しようとすると問題は山積みです。一つ目は直腸検温のように身体の中に計測器を入れなければならないことです。二つ目は測定時安静にしておかなければならないこと。加えて、深部体温の測定は基本医療従事者が行うことになっています。登校時計ることができたとしても、連続で体温を計るなどは、まず無理。授業などできません。

しかし、手がないわけではありません。ウェアラブル・デバイスです。スマートウォッチは、今、常に体に接触しているデバイスとして、ヘルスケア分野からずごく注目されています。なぜかと言うと、常に体に接触していると脈拍などのバイタルを連続して計ることができるからです。直接計れないバイタルでも、計測できるデーターからビッグデーターを使い、推定できるのです。医療行為には使えなくても、普段の生活で「注意すること」に使うことは問題ありません。

 
■熱中対策ウォッチ Biodata Bank社のカナリア
特許取得済みの深部体温「推定」技術と、独自の「アルゴリズム」を用いて着用者の熱中症「リスク」を検出し、熱中症の二歩手前でアラーム音と LED で知らせる熱中対策ウォッチ カナリアを作ったのは、日本の医療ベンチャー会社Biodata Bank社です。

カナリアを見せてもらうと、ウォッチとはいうものの、ディスプレイすら付いていません。シンプルな白い直方体。ひっくり返すと、センサーの端子が見えます。皮膚温を測り、深部体温を推定するのでしょう。

●熱中症に特化したウェアラブル・デバイス「カナリア」
実にシンプル。


●カナリア 背面。センサーが見える。


むしろ私が驚いたのは、カナリアの割り切り方、合理性です。前述の通りディスプレイはありません。また通信機能もありません。熱中症リスクを割り出し、発症する二歩手前で、光と音で警告することに特化しています。実にシンプルです。

目的が明確なものはシンプルな方が使い勝手がいいです。
多機能だと難しい「軽い」「壊れにくい」「使うとき迷わない」も達成できます。また消費電力を下げることができます。実際カナリアは3、4ヶ月電池を変える必要はありません。私が使っているFitBitのスマートウォッチはいろいろなことができ、スマホとも連携できます。が、電池は一週間持たないので、隙あれば充電しています。全く異なる考え方です。
また防水機能を備えています。汚れたら水洗いすればいい。
装着はベロクロベルト。ベルトの脱着も楽で、こちらも洗うことができます。洗えるということは、他人が付けた後でも、洗ってキレイにして別の人が使えます。
そしてシンプル構成なので安価に作ることができます。

カナリアは、集団で使うのに優れた特性、構成です。

 
■体温を操る術
カナリアがあれば、熱中症予防ができるのかというとそうは行かない。カナリアはあくまで警報です。
熱中症対策をするには、予防策、発症後の対応策が必要です。特に重要なのは、「予防」です。発症すると一旦体が壊れますので、直すのに外部から手を加えなければなりませんが、体が壊れる前だと、体は自分で調子を整えます。繰り返すと、体がだんだんできていきます。

ところで、熱中症が発生した時の対応法を知っていますか?
1) 日陰などの、涼しいところに移動。
2) 横たわらせ、ベルトなど体を締め付けるものを外す。
3) 首筋、脇の下、腿の付け根などを、水、氷で冷やす。
です。

首筋、脇の下、腿の付け根に共通しているのは、太い血管が体表近くを通っていることです。この部位を冷やすということは、体温を一定にするために、余分な熱を移動させる役割を持つ血液を一気に冷やすということです。倒れるほど体が危機的状態になった時はこう言った荒療治でいいのですが、もちろん冷やし過ぎは厳禁。体温を見ながらと言うことになります。

また、血液温度を体に問題がないレベルで冷やすことができると、運動で深部体温が上がるのを遅らせることができる。つまり、ハードな環境下でも、短時間なら、熱中症になりにくくすることができるという訳です。

●プレクーリングを行うことにより、深部体温が上昇する時間を
先延ばしにできる。その間は、熱中処理リスクなく運動できる。


では、体に問題がないレベルで、血液を冷やすのはどうするのがいいのでしょうか?

それには手のひらを使います。

手のひら、足の裏、頬にはAVA(Arteriovenous Anastomoses:動静脈吻合)と呼ばれる血管があります。通常、動脈の末梢は毛細血管になり、そしてまたそれがどんどん合わさってゆき、静脈を形成します。AVAというのは毛細血管になる前の動脈と静脈を繋ぐ極めて特殊な血管です。毛細血管ほどではないが、1平方センチに100から600本もあります。この血管の役目は「体温調整」。拡張したり、収縮したり血液量を制御することにより、体温調整します。収縮時の血流量は0。拡張時の径は毛細血管の約10倍。血流量は毛細血管の1万倍だそうです。

●毛細血管とAVA血管の位置関係。
AVA血管の方が心臓に近いところを走っている。


寒い時、指先が冷えるのは、これが原因ですね。体が冷えてやばいと思った時、末端の毛細血管まで血液を送るのではなく、AVAを使います。手足の末端まで血液を運ばさない。手足の指が犠牲になるとしても、体を助けることを選んだ訳です。

これの応用です。普通の時は、AVAにも血が通っています。全部の血液ではありません。一部の血液です。手のひらを冷やすと、ちょうどいい塩梅に血液を冷やせる=深部体温を下げることができるのです。

 
■シャープの適温蓄冷材
シャープは液晶テレビの雄です。ま、過去形かも知れませんが・・・。
その根底にあるのは「液晶」技術で、テレビ技術ではありません。実はシャープは、素材にかなり強いメーカーでもあるのです。が、素材は、ビジネス的には「いわゆる約束の地」が見つかるまでは量が出ません。本当に大変です。液晶テレビを当てる前のシャープを思い出していただければ分かってもらえると思います。電卓のディスプレイから始まって、液晶をちょっとでも多く使うように、ファインダーではなく、画面を使って撮影する「液晶ビューカム」。今のスマホの撮影に引き継がれていく、この「画面を見ながら」は、女性に大受けでした。
が、それでもムービーの市場など多寡がしれています。
この後、約束の地「テレビ」に辿り着くわけですが、ビューカムの後も携帯情報端末「ザウルス」などを手掛けます。液晶という素材が使える分野を見出すために、いろいろな分野のトップ技術を身につけたと言ってもいいかも知れません。
電卓ディスプレイサイズが、最後100インチ近いテレビにたどり着いたわけです。

今回、シャープが用意したのは、解凍温度を自在に操れる保冷剤。シャープでは「適温蓄冷材」と呼ばれています。

私の記憶が正しければ、私は、この素材に出会ったのは2017年。
良質の日本酒、ワインなどは、温度により味、香りが変わります。本当に好きな人は、温度違いの保冷庫を持っているくらいです。
微妙な温度管理に有用と考えたわけです。が、イマイチ受けなかったようです。実際、私はいろいろな酒の品評会にも参加ましたが、シャープの保冷剤の名前をきくことはありませんでした。
また、それ以降だと、コロナワクチン輸送時などにとても便利なはずなのですが、そこでも名を聞くことはありませんでした。

が、2023年。熱中症予防で、また出会ったわけです。

今回の設定温度は「10℃」。保冷剤の設定温度は、保冷剤が作り込める最低温度です。氷が溶けている間、0℃をキープするのと同様、こちらの保冷剤が解凍する間、10℃をキープできるわけです。

●シャープの適温蓄冷材。温度は中央に明記される。


配布されたサンプルを、私も握ってみました。触った直後は氷を握った感じ。気温に対し十分冷たいので、冷たいもので慣れている氷との差は分かりません。
しかし2分もすると冷たさに慣れて、差がわかるようになります。氷は常に冷たい。その冷たさ故、時々痛みを感じることもあります。凍傷を思い出します。
10℃ではそんな感じが全くありません。
また、0℃の保冷剤をつかむと、手が濡れてきます。空気に含まれる水分が、結露するためです。が、10℃だとそれもありません。湿っぽくはありますが、余り濡れません。余程、扱いやすいです。

10℃の保冷剤サンプルを渡された時、20分握るのは長過ぎると思いましたが、これなら20分、楽に持っていられそうです。

 
■部活拝見
記者会見の日、午後4時から部活動で使うというので拝見させていただきました。当日、部活があり、見学できたのは、陸上部、テニス部、バトミントン部です。
私はバトミントン部を見ました。場所は体育館。講堂として使えるように、ステージがある一般的な体育館。大きさはバスケットコートフルサイズが二面取れるほどです。

実はバトミントンは、羽根(シャトル)が風の影響を受けるので、実践練習が始まるとエアコンは切ってしまいます。その上、羽根のスピードはすごく速い。短距離ダッシュの繰り返しとなります。直射日光は差し込みませんが、風もありません。体育館の運動する人数によっては、かなり過酷な環境になります。

当日の最高気温は、34.3℃。猛暑には及ばないものの、完全な真夏日です。

体育館に行くと、部員数は44名。多いなと感じました。
先生がカナリアと保冷剤を配ります。装着し、部活スタート。

アップはランニングから始まります。
体育館を2周。200メートル強。体育館で50名近くが走るのですから、床もかなり揺れます。何より足音がすごい!
走り終わると、柔軟体操で約5分。
続いて静的ストレッチで約5分。
以降、サイド、クロス、前後とコートのステップワークが約8分。
ここで一区切り、給水タイム、インターバルです。保冷剤は回収、カナリアは到着のままです。
アップの総計は約20分。予定通りです。

●手に保冷剤が握られていることがわかる。


この間、生徒は、保冷剤をずっと握っていたわけですが、冷たい、痛いという生徒はいませんでした。

これで、あとは最後まで、トラブルなく部活を終えられるかです。

が、これ以上は邪魔になると判断。体育館から出た。後日、問題なかったと聞きました。

 
■大人の都合より、子どもの健康を
今回の検証で、使えそうだとなっても、実際の導入に際して問題はいろいろあると思います。

シャープとBiodata Bankは、熱中症予防を目的に組んだのは最近。あつらえたような組み合わせである上、理論的にもわかりやすいのですが、ビジネスの細部まで十分詰めてあるのかは不明です。
また今回の三鷹での検証も、前から計画されていたものではないとのこと。とにかく短期で検証実施している感じです。

また検証がうまくいっても、使えるのは、シャープとBiodata Bankの組み合わせだけ。高い価格ではないですが、一社指名、入札とはなりません。

また今回うまくいったら、子ども同様、熱中症になり易い、老人への適用なども考えなければなりません。

夏は暑いのが当たり前。
しかし、毎日猛暑となると話が違ってきます。人の身体は、自身の体温より低いところで生活するようにできています。何らかの手を打たないといけないことは目に見えています。課題は山積みしています。

ただ本当に大変なのは学校でしょう。
エアコンをつけたと思ったら、次は部活動時の熱中症。本当に次から次、矢継ぎ早です。今回のようなかなりリーズナブル、かつ簡便な方法で熱中症予防ができるなら、本当に大助かりです。

日本は文書主義。また、今まで例がないやり方は簡単に認められません。が、猛暑日、時々酷暑の夏は、人間の棲息環境としては、あまりにも厳しい。少なくとも生徒が安心して、勉学に励める様に、早くして欲しいものです。

 
このレポートは、2023年7月22日に、Wedge Onlineに掲載された「シャープとスタートアップが挑む、児童の熱中症予防」を加筆修正したものです。

2023年8月3日