【まとめ 2022 JAN】家電メーカー3社のマスクビジネス
2年前。2020年の1月16日に新型コロナウイルス感染者が国内で確認されました。以降、グローバル的にもそうですが、日本もコロナ禍に巻き込まれ大変な騒ぎでした。一番初めに不足した物資はマスク。当時政府がお金をかけて、アベノマスクを作ったくらいです。今、政府が保有する布マスクの在庫は、約8千万枚。2020年8月~2021年3月の8花月に要した保管費用は約6億円。
布マスクは当初から感染防止力が弱く、一時しのぎ的な措置であることはわかっていましたが、できたものは予想以上に酷いものでした。布面積も小さくまともに使えない。検品が不十分で、追加検品が必要。配布後もあまり使われませんでした。技術大国を標榜するわりには、余りにお寒い話。ただ中国政府のようにマスク外交に使わなかっただけましと言えるかも知れません。
結局、6千万円の費用で廃棄処分を決めたとのことですが、ビジネスを経験したことがある人と、あまりに異次元すぎて、突っ込めない感じがするほどです。
では、民間であるメーカーは、今どうなっているのか? お付き合いのある家電メーカー 3社のマスク事業をレポートします。
■シャープ
マスクが不足した2020年1月に、政府はマスクを作るメーカーに新規、増産共に補助金を出すことを決定しました。ただし、それは短期納入がマスト条件でした。それを受けて立ったのが、液晶テレビの雄、シャープでした。
家電メーカーが、製品を立ち上げる場合、投資もそうですが、「原材料」「生産ライン」「品質管理」「販路」が必要になります。
例えば「販路」。マスクではありませんが、中国メーカーが日本でテレビを売る場合に、どれ位の時間がかかるのかというと、ざっと3年と言われています。これは「0」から販路を構築する場合です。このためメーカーの多くは、今持っている販路で新商品を流しながら、ベストな販路を探る方法をとります。とにかく販路が、1ヶ月でまとまるわけはありません。流石のドラッグストアも家電は販売していませんからね。マスクと家電は全くルートが異なるのです。
シャープは、2020年2月頭よりリサーチを開始、28日にマスク生産を行うことを決定。そして3月半ばには出荷に漕ぎ着けます。短期でできた最大の理由は、全社一丸で取り組んだこと、余っていたクリーンルームがあったからだそうです。
マスクは不織布のロールを加工機でマスクに仕立て上げます。マスク1枚分の不織布を切り出し、折るなどして形にして、超音波溶着。耳紐を付け超音波溶着。品質チェックを行い、問題がなければ、1枚出来上がります。
加工機はホコリがないクリーンルーム内に設置されます。このクリーンルーム、建屋自体が対応しているとベストなのですが、そうでない場合は、建屋の中に特別な部屋を新しく設けるという感じで作ります。ホコリが侵入しないように、換気空気のフィルタリング、エアーシャワーの設置などなど、結構時間がかかります。この時間が節約できるわけです。
しかし、それでも設備の入手、設置、立ち上げに時間がかかりますし、第一シャープ自体はマスクを作ったことがないわけですから、スペシャリストもいません。
しかし、身近なところに例はあります。親会社の台湾の鴻海(ホンハイ)グループです。台湾のコロナ対応は徹底していました。SARS(重症急性呼吸器症候群)の時の経験が活かされたものと思います。今回のコロナ、鴻海は従業員に、自社製マスクを配ったそうです。配布は2020年2月だったそうですから、流行の可能性ありとした瞬間に、躊躇なく動いたのでしょうね。台湾は自衛手段を持っていたわけです。親会社から手取り足取り教わることはしなくても、見本があるわけです。
あと品質管理は(一社)日本衛生材料工業連合会のアドバイスをもらいながら、各種検査をしてたそうです。
生産開始は3 月24日ですから、1 ヶ月しない内に、立ち上げたことになります。この時のコメントに、「この時可能な限り、マスクが必要とされるところへ提供できますよう、政府と調整中です。※政府への納入を優先してまいります。その後、株式会社「SHARP COCORO LIFE」のECサイトでも販売いたします。」とあり、ECサイトで売ることだけは決まっていました。
必要な納入が終わり、一般向け販売が始まったのが、4月21日。ネットによる応募販売です。一週間に一度、抽選で購入者を決め販売するという方法です。マスクが枯渇していた時期でもあり、サーバーダウンするほどの注文が殺到。マスク自体は平時だとやや高値、緊急時だと納得のできる価格でしたが、「日本の大手家電メーカーが、品質を保証して出した「made in Japan」。人気もあり、抽選倍率は、ほぼ100倍でした。
私もなんとかしt4え入手しましたが、マスクは可もなく不可もなく、メチャメチャ普通。なんの特徴もない出来でした。驚いたのはパッケージ。薄手の紙箱に、個装なしに50枚詰め込まれているのです。「業務用」と言えば聞こえがいいのですが、全く店頭販売が考慮されておらず、唖然としました。
ほぼ在庫0でフル生産、かつ増産をかけ、600万枚/月まで持っていくわけですから、儲かります。しかし市場にマスクがいっぱい出回ったら、値崩れします。在庫も出ます。だんだん利は下がります。そんな時、ECサイトに、わざわざ買いに来てくれる人が、どの位いうのでしょうか?
不織布という原材料を外から購入しているといいうことは、その部分は変えられないということです。開発をしてもらうことは可能ですが、それには信頼関係と投資が必要。規模の問題も絡んできます。不織布=フィルター=マスクの絶対性能ですから、不織布をいじることができないと、マスク性能の底上げ、民生の商品に必要な差別化が極めてし難いのです。
■シャープがとった3つの施作
2020年の暮れも近づきますとマスク需要もひと段落してきます。
以降シャープは、マスクに対して3つの施作を取ります。
一つは「新しい売り方」です。市場にマスクが出回り、いつでも、どこでもマスクが買えるようになりました。当然、シャープは新しいサービスで、ユーザーを魅力しなくてはいけません。それで始めたのが、2020年12月に導入された「定期便」です。月に一度その月の分が送られてくるわけです。これはマスクをすることが常態化した場合にのみ成り立つわけですが、今現在、まだその状態です。ある種の顧客の囲い込み法です。
二つめは「商品強化」です。
一つは2021年6月に発売された抗菌機能付きのマスク。そして、もう一つは2021年9月に発表された立体型と呼ばれるタイプで鼻と口の前に大きな膨らみを持たせた「クリスタルマスク」のです。ポイントは、不織布の変更をせずとも、加工機改造で対応できることです。
私は、クリスタルマスクの方に惹かれました。顔に当たるところをきちんと折り畳めるように設計されているので、ポケットに入れても何も問題ありません。食事の時、すこぶる便利です。美意識の高い人に是非という感じです。
三つ目は「医療分野」への進出。今、大手メーカーで、メディカル部門、ヘルス部門を持たないメーカーは、レアです。それは医療はなくなりませんし、長寿となるとますます重要になるからです。しかし医療分野への参入は、とても難易度が高いです。実力と実績を伴う信頼が必要です。このため新メーカーが「参入します!」と宣言しても、見向きもされません。シャープは医療機器ではなく、それに近いところから参入することにしました。
2021年9月に発売されたワイヤレスイヤホンスタイルの耳あな型補聴器「メディカルリスニングプラグ MH-L1-B」。補聴器もマスク同様、正確には医療機器ではありません。しかし、メディカル分野進出に向けての橋頭堡というわけです。
■アイリスオーヤマ
アイリスオーヤマは他の家電メーカーと違いホームグラウンドと呼べる場所があります。「ホームセンター」です。出自もそうですし、グループ傘下にホームセンター運営会社を持つ、アイリスオーヤマは、ホームセンターで扱っているモノのかなりの種類を自分で作っています。家電はその中の一分野ということです。
当然、マスクも扱っています。参入はコロナ禍以前ですから、政府から話がきた時は、「増産」です。しかしホームセンターのやり方は、海外の方が安いものは海外で作り、輸入します。例外は嵩張るもの。衣装ケースなどは、空気を運んでいるようなものですから、消費地の近くに工場を立てて作ります。輸送費が人件費他より高い場合です。
マスクも中国の自社工場から輸入していました。ちなみに日本で使われるマスクの80%は中国産(コロナ禍前)です。ところがコロナ禍、一番最初に中国政府が取った施作は、マスクの輸出禁止。ある意味契約違反です。
ここでアイリスオーヤマが取った措置は、日本にも原料の不織布を作る工場とマスク加工工場を作るということでした。このような状況の中、アイリスオーヤマも国内生産を決めました。しかし規模がすごい。6000万枚/月。投資額は10億円。生産開始は6月予定。工場は仙台近くの宮城県角田工場。ちなみに中国工場も維持するので、1億4000万枚/月。
政府がアベノマスクでオタオタしている間に、アイリスオーヤマはさっさと投資を決め、着実にビジネスを進めます。そして2020年7月には出荷開始。こちらも早い。また日本工場は、中国政府の影響を受けません。アイリスオーヤマは、工場一つ分の完全増産になったわけです。
■日本生産がもたらしたもの
シャープと大きく異なるのは、「原材料」が自前、「販路」は確保済というところです。特に「原材料」自前ということは、不織布の特性をいじれるということです。それで作ったのが2020年7月発売の「ナノエアーマスク」。ウイルスに対するフィルタリング性能は従来通りバッチリ。しかも、湿気を外に逃がしやすい性質を持ちます。メガネ人口が多い日本では、湿気でメガネが曇るのは困りものですからね。私も愛用させてもらっています。
ナノエアーマスクが最初に国内資産し始めたので、ナノエアーマスクを取り上げましたが、標準マスクにあたる「プリーツマスク」、バリエーションの多いカラーマスクも生産。どの色が自分に合うのかを自分で判断できるよう、ARアプリも出しています。
アイリスオーヤマはグローバル企業ではありますが、地元、東北、日本という意識が強くもあります。また東日本大震災は間近に起こった災害も体験しています。
このような時、生活必需品をほぼ全部揃えられるホームセンターは実に便利です。映画で敵に追い詰められると人は必ずと言っていいほど、ショッピングセンターに逃げ込みますが、生活必需品が揃うからですね。それと同じです。このような特性を活かし、災害時のサポート契約を色々な自治体と結びはじめました、
奈良県田原本町との「災害時における物資等の供給支援に関する協定」締結を皮切りに、いくつかの市町村と結んでいます。この協定は、大規模な地震、風水害等の災害が発生した場合において、避難生活の質の改善を図ることを目的としています。これにより、災害時の町の要請に応じ、支援物資として食料品や生活必需品などの物資を供給することで支援を行います。急なことが起こったら、全力で物資を送るという契約です。
アイリスオーヤマは、パック米、水も自前のルート、ブランドで商品化しています。マスクも必需品です彼らは、衛生用品だけでなく、非常食に至るまで、自社化しているのです。また、先日、2022年1月には「除菌ウェットティッシュ」の国内生産開始を始めました。
グローバル化は経済的には大切ですが、いざ天災、パンデミックが起こった時、頼れるのは日本であり、地元です。グローバル化で、日本が希薄になりつつある今、アイリスオーヤマは日本メーカーがあるべき一つの姿を提案しているようです。
■フィリップス
ヨーロッパの巨人として知られるフィリップス社ですが、日本では余り馴染みがない人もいるかも知れませんね。知っていると言っても、家電で知っているのは「ノンフライヤー」「シェーバー」という人も多いかも知れません。フィリップスの技術は「照明」「光ディスク」「医療」など多岐に渡ります。本社があるオランダのアイントホーヘンは、フィリップスがあるために存在しているような感じがする位です。
フィリップスは、ビジネスに関して、独特の目の付け方をします。「日常常に使われて、絶対になくならないもの」をビジネスにします。「照明」「ヘルス」「医療」などがそれに当たり、それらには継続的に投資がされます。CD〜Blu-eayまで光ディスクの技術開発を手がけたフィリップスですが、初期のCDなどはともかく、2000年以降は、技術を作って特許で儲けるパターンです。
一方、本格的な超音波診断機を初め、色々な医療機器で医療分野に参入している一方、今力を入れているのはヘルス分野。「シェーバー」などの理美容家電、「光脱毛器」などのボディケア家電、そして「電動歯ブラシ」などのオーラルケア。2021年は、オーラルケアにかなり手を入れて新製品ラッシュでした。
ではマスクはどうでしょうか? このコロナ禍、フィリップスが提案したのは、「ブリーズマスク」。N95規格のフィルターを用いた、最強の電動マスクです。
■ ブリーズマスク
時々マスクに「医療用マスク」と書いたパッケージがあります。これは「医療ルートで販売されるマスク」のことであり、日本で、マスクには医療用として公式な規格はありません。では、よく聞く「N95」って、ことですが、これは元々アメリカの鉱山で粉塵に対して用いられたマスク規格のことです。鉱山は、微粒子が舞い散る中での作業ですから、呼吸器を守ためには、このレベルのマスクが必要とされたわけです。
当然、医療にも用いる動きがでます。特に手術と感染症です。逆な言い方になりますが、ウイルスに強いということは、空気の抜けが悪く、息苦しいとなります。友人の医者に言わせると頭に酸素が行かないので、すぐポーッとしてしまう感じだそうです。よほど特別でないと使えないと言います。N95というのは、そのレベルだということです。
そこでフィリップスが作り上げたのが、ブリーズマスクです。ブリーズマスクは、セミハードシェルにN95マスクを後付けで装着し使用します。そして電動ファンはセミハードシェルに付いていて、空気を外に出す働きをします。空気が外に出るわけですから、新しい空気がフィルターを通して入ってきます。またセミハードですから隙間があきににくい。要するに、呼吸のサポートをすることにより、N95フィルターを使いこなそうという考えです。
世界中で売れている電動マスクです。
しかし欠点がないわけではありません。まず、バッテリーが数時間しか持ちません。
またN95フィルターは高いのです。
しかし、これだけ安心感のあるマスクも少ないでしょう。満員電車、人混みで、着けたいマスクです。
■日本でもようやくマスク規格決定
これら3社の特徴あるマスク。私は次のように使い分けています。
人混みの中。フィリーズマスク。なんせ最強ですから。普段、アイリスオーヤマのナノエアーマスク。メガネが曇らず楽ちん。会食時、置いたマスクが汚く見えないようにシャープのクリスタルマスク。
この3社は家電メーカーで品質管理、頑張っています。またユニチャーム、スズランのような老舗も品質管理は徹底しています。しかしマスクは医療品ではありません。極端な言い方をすると海外から適当に仕入れて、売ることができます。品質のよくないマスクを買ってしまったという人もいるのではないでしょうか?
このため、2021年6月にマスクの品質の指標になる日本産業規格「JIS T9001」が制定されました。同時にその規格の認定精度も始まりました。
これで使われるテストは、ここで初めて公開されたオリジナルではありません。それまでも良心的なメーカーがパッケージに表示していたPFE:微小粒子捕集効率、BFE :バクテリア飛まつ捕集効率、VFE:ウイルス飛まつ捕集効率を使ったものです。
より具体的には、「PFE」「BFE 」「VFE」に加え、「花粉」「圧力損失」「有機ホルムアルデヒド」「アゾ化合物」「蛍光」の基準が定められています。「圧力損失」「有機ホルムアルデヒド」「アゾ化合物」「蛍光」の基準は絶対。「PFE」「BFE 」「VFE」「花粉」はどれか1つ以上クリアすると、JIS認定がもらえ、どの基準を満たしているのかを、表示できるにようになりました。
ちなみに、第一号認定は、アイリスオーヤマのナノエアーマスクでした。
たかがマスク、されどマスクで、官民で大きな違いがあることがお分かりいただけると思います。民の強みは、自分の人生をかけ、常に次はどうすべきかを模索し続けたためだと思います。しかしポリシーも環境も違うため、三社三様の結果になったと思います。
しかし、いただけないのはアベノマスク。一時凌ぎのはずが、どうしてもうも尾を引くのでしょうかね。同じことをする羽目に陥らないようにして欲しいものです。
マスク一つを取っても、立場、考え方により、こうも異なるモノです。
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2022年1月23日
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