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アイロボット社の日本市場戦略とルンバ「e5」


iRobot社(米国)の”ルンバ”。言わずと知れたロボット掃除機の雄。ロボット掃除機の世界市場は、掃除機市場の10%を上回り、今後も伸び続ける見込みです。特に、iRobotのお膝元アメリカでは、ある時期、全種類の掃除機の中でルンバがトップを取ったそうですから、やはりすごいと言わざるを得ません。

iRobotの新型中級機「e5」
アイロボット・ジャパンが発案した初のモデル。


日本では共働きの三種の神器、『(ドラム型)洗濯乾燥機』『食洗機』『ロボット掃除機』の中に含まれるロボット掃除機ですが、日本での全世帯普及率は、4.5%。世界水準の1/2以下。欧米より少ないと言われる、食洗機の全世帯普及率約30%にも遠く及びません。

まだ、普及が始まったとしか言えないレベル。


ところが、データーを子どもがいる共働き夫婦に限ると、17.3%。一挙に数が増えます。ペットがいる家庭だと20%以上と、使い方が明確になるほど普及率は上がりますが、米国に及びません。なぜでしょうか?

 
■日本の共働き世帯がロボット掃除機を買うのに躊躇する理由
アイロボットジャパン合同社(以下 アイロボットJ)は、このことを徹底的に調査しました。その結果、得られた理由は、

1)確実に掃除できるのか、不安 2)価格が高い の2つでした。

何となく分かりますね。
また日本人の場合、隣(他人)が持っていると買っちゃうという傾向があります。

このため、あるレベル(多くの場合、8~10%。ちなみに、8%を切るとマーケティングでは店頭認知がされないモデルとされます)を越すと、一気に普及します。ここら辺は、欧米とでも似た傾向は出ますが、より顕著に出る傾向にあります。

 
価格の分岐は多くの場合、「5万円」を切る、切らないとなります。

例えばデジカメは、5万円を切った瞬間、爆発的に普及しました。5万円というのは、衝動買いの上限と言うことも言えますし、背伸びして買う上限という言い方も可能ですが、5万円を切ると急に手が届く感じがしますよね。

 
■高・中級機種 「890」がベース
多くの場合、家電のラインナップは、四つのモデルから成り立ちます。「フラッグシップ」「高級モデル」「中級モデル(定番モデル)」「普及価格帯モデル」です。

『フラッグシップ』は、全機能付き。ラーメンで言うと全部入りです。全体の5~10%を占めますが、自社の方向性と技術力、商品イメージを一手に引き受けます。メディアへの露出が多いのもこのモデル。なんたって見栄えがしますからね。980(12万5000円(以降、価格はすべて税抜))、960(8万9880円)の2モデルを持つ900シリーズがこれにあたります。

『高級モデル』は、『フラッグシップ』から一つの機能を抜いたモデル。10~20%を占めることが多いモデルです。ただし価格によっては、売りにくいモデルとなります。

『中級モデル(定番モデル)』は、価格と機能バランスが取れたモデルです。30%以上が理想ですが、それはバランスが取れているのか、どうかによります。力のあるメーカーは、ここで頑張ります。そうでないと、普及価格帯の割合が増え、利が薄くなります。

 
アイロボットの場合、この『高級モデル』『中級モデル』の境が曖昧で、890(6万9880円)、760(7万6000円)、770(6万6480円)が当たります。型番から言うと、『高級機種』890、『中級機種』700シリーズですが、価格を考えると極めて曖昧になります。

そして『普及価格帯モデル』の643シリーズです。価格は、3万9880円。一挙に下がります。まだ開発負担が大きいロボット掃除機にとっては、超薄利といえます。

 
このラインナップに対し、アイロボットJが今回発表した「e5」は、『高級モデル』を『普及価格帯モデル』へ、リファインしたモデルです。具体的には高級モデル 890モデルの機能をリファインした後継機種として開発されました。しかし、価格は、なんと 4万9880円。約3万円の値下げです。

まさに勝負モデル。戦略機種の登場です。
「アイロボット史上、最も価格バランスがよい」とはメーカーの言ですが、実際は「とびっきりのお買い得モデル」です。

 
この結果、フラッグシップは「980」、高級モデル「960」、中級(定番)モデル「e5」、普及価格モデル「643」と、曖昧さのない分かりやすいラインナップになりました。ユーザーを惑わすことのないラインナップは、ユーザーアピールの大きな手でもあります。

「e5」搭載のiAdaptは、マッピングではなく、ランダム走行により掃除を行う。
このため部屋ごとに掃除を行う必要がある。


 
■なぜ、こんな価格が実現できたのか?
「e5」は日本で企画されたモデルです。このため日本仕様が入っています。一つは、『排気フィルター』の強化です。ロボット掃除機は、基本「無人」の時に使われます。要するに排気中に、一度吸った細かなチリが出ても、被害が少ないわけです。

新しくなった排気フィルター

しかし、考えて見てください。まず、無人と言うことは、密閉空間で掃除するということです。隅にあったので、健康被害につながらなかったPM2.5などが、吸い込まれ上、排気口からまき散らされ結果、生活動線上に落ちる可能性は否定できません。いい排気フィルターを使うと言うことは、二次汚染の問題を最小に抑えることができるということです。

もう一つは「洗えるダストボックス」。中の金属メッシュは外すことができませんが、水洗いできます。担当者が「日本人はキレイ好き!」と何度も連呼していましたが、これは重要です。

これ以外のパーツは、色こそ違え、基本890と同じです。890は、iRobotの主力モデルで、かなりの台数が販売されたと聞いています。メーカー勤めをした人ならピンと来ますね。「パーツの共通化」はコストダウンの有益な手法です。

e5 の裏側。今までと異なり、コーポレーションカラーの緑を多用。
ローラー(髪の毛が絡まない!)が『キュウリ』に見えるのは私だけだろうか


そしてもう一つ重要なことは、iRobot社のロボット掃除機の技術は、980を発表した時点で完成していることです。今回の排気に関すること、よりよい使い易さ、小型化などやることがないわけではありません。しかし、創設者で、エンジニアである CEOのコリン・アングル氏は、ルンバの開発から手を引き、今はスマート・ハウスの開発をしています。

逆な言い方をすると、今回の「e5」は、完成された技術を、マーケティング情報を使い、再編成した結果とも言えます。そう、「e5」は、日本人好みの上、性能も上々。しかもお買い得価格と、種々の条件が揃ったモデルなのです。

強迫観念に駆られるように、新しい機構を開発し続ける日本メーカーに対し、iRobotは技術で引っ張るところ、マーケティングで引っ張るところを明確に分けたわけです。これはスティック型掃除機で日本メーカーよりシェアを持つ英ダイソン社にも言えることです。

商品開発は先に技術ありきです。が、ある程度技術が確立すると、技術からマーケティングに商品開発はバトンタッチされます。今回の「e5」は典型的な例です。

 
■2023年 日本全世帯普及率:10%を目指す
アイロボットJは、2023年、今から5年後、今のほぼ倍の普及率、日本全世帯普及率:10%を目指すそうです。そして最終的には『1家に1台』。

夢あるビジネス!「一家に一台」。


「e5」はそのための戦略的なモデルですが、その力を持っていると思います。あとは、日本の眼が肥えたユーザーに、どうアピールするかです。確かに、日本メーカーはかなりいいロボット掃除機を上市しています。しかし、まだまだ高いです。普及価格帯もラインナップはされてもいますが、アイロボットほど練られてはいません。

パナソニック「ルーロ」、日立「ミニマル」、シャープ「ココロボ」など、それぞれ個性的ではありますが、まだ、アイロボットと四つに組んで頑張れるかというと、まだ時間がかかる気がします。ただ、2~3社で、競り合わないと、ユーザーが「ドキドキ」するような市場にはならないのも事実です。

今回の「e5」、アイロボットJにひどく感心すると共に、もう一つ思ったのは、日本メーカーに頑張って欲しいということでした。
その位インパクトのある「e5」。「2018年を代表する、お買い得モデル」です。

※このレポートは、2018年10月13日に、WEDGE Infinityに掲載された「高級モデルを4万円台にした新型「ルンバ」の戦略」を加筆修正したものです。

 
商品のより詳しい情報は、iRobotのホームページにてご確認ください。
http://www.irobot-jp.com


 

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2018年12月24日

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