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独ミーレの姿勢
“四半期決算ではなく次世代”見据えた経営とは
〜独ミーレ社 解体新書 その3〜


過去2回、ミーレの会社の状況、そして製品を紐解いて来ました。
それを見ると、日本の総合家電メーカーがなし得ていない「高級家電」というポジションは、強い意志で成し遂げられてきたことが分かります。
今回は、何故それができたのか? そしてどこへ行こうとしているのか、を探ってみたいと思います。
■T社の状況と資本主義
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ミーレが提案している、扉が黒板の冷蔵庫。
現在のメーカーでは、極めて出て来にくいモデル。


サザエさんでお馴染みのT社は、日本だけでなく世界的にも著名な会社です。
しかし、今、正直言うとT社は空中分解寸前ですね。不正をしたのがその理由なのですが、経営者は罪を償わなければならないということよりも、何故経営者が不正に走ったのかを考える方が重要だと思います。

メーカーという会社は、自分の技術を世に問いたいと思うことが根底にあります。自分が理想とする商品、もしくは理想に近い商品を作り出し、それを製造、販売し利を上げるというわけです。その商品が新しい世界を拓いてくれるものだと爆発的に売れるし、そうでない場合は置き換えで売れていく。それがメーカーです。

このためメーカーは新しい世界を拓いてくれそうな機器を常に探索、莫大な投資を行い開発をします。こちらの方が、売り上げも利も多いですからね。しかし、当然リスクも大きい。

20年前と一番違うのは、投資額と開発期間。技術難易度が上がっている分だけ、時間も人数も費用も嵩みます。
しかし、経営には確実性が求められます。今、多くのメーカーが「医療」、「B to B」と声高にいうのは、確実さを求めているからです。

 
しかし考えてみてください。

メーカーはきら星の如くあります。
つまり、どんどん新しい世界はなくなって行くわけです。置き換えが当たり前となります。つまり、右上がりだった売り上げグラフは、どんどん寝るわけです。これは当たり前のことです。

個人経営だと、この事実は割りと容認できますね。低空飛行でも食べていけますから。自分が得心すれば何とかなります。
ところが株式会社はそうは行きません。投資家は右上がりだから利を求めてお金を出すのであって、寄付のようなお金の出し方はしません。
どうしても必要な事業の場合は、国が税金を使って対応することになります。

「金が金を産む」というのはよく言われる言葉ですが、当たり前ですよね。投資家は、その様な行動ばかりしているわけですから。

話を元に戻します。

以上のような意味で、株式会社の場合、経営者は基本、右上がりの部分を会社に持ち続ける必要があります。そうでないと投資してもらえない。これが株式会社というものです。

 
■ミーレがファミリー会社であり続ける理由
ミーレはファミリー会社であるのは、投資家に口を挟まれるのがいやだそうだからです。それを象徴するような話がミーレには残っています。

 
時は、第二次世界大戦前。

この時、ミーレはクルマも作っていたそうです。家電屋がクルマというと可笑しな感じがするかも知れませんが、昔の技術者は何ができて、何ができないということはないですからね。発明王エジソンなどは好例ですね。何でも作ってしまう。電気自動車に家電メーカーが乗り出しても可笑しいことではありません。

で、このミーレカー、家電の様に素材にこだわった作りで、よく売れて非常に評判が良かったそうです。が、このクルマ事業をミーレは止めるのです。

理由は、クルマは巨大産業なため、大幅な投資が必要。そうなると自分の意に反する仕事をしなければならないかも知れない。そのリスクがあるなら、クルマビジネスは止めよう。ということだそうです。

さすがにこの話を聞いたとき唖然としました。
また慄然ともしました。

クルマビジネスの黎明期とはいえ、大戦時にはアウトバーンまで持っていたドイツですからね。伸びるビジネスであることは明白です。普通は、借金しても勝負ですよね。

 
しかしミーレはそうしなかった。つまり自分でできる範囲を仕事としたわけです。極端な言い方が許されるなら、自分の眼が行き届かない製品、もしくは投資家の言いなりで作らなければならない製品を排除したとも言えます。

それが正しい判断だったのかは、分かりません。しかし、業績は伸びた方がいいとする通常の考え方から離れていることは事実です。

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クルマではなく、白物家電を選んだミーレ。
彼はそこにどんな未来を見たのだろうか?


身の丈に合った確実な無借金経営は、一つの道としてありますが、逆に言うと伸びの否定にも繋がります。しかし、安心して自分がしたい仕事に集中できる環境を確保したと言えます。周囲と異質な程の高品質も、あの高価格も文句を言われずに出せるわけです。

 
■ミーレ型の経営が多い日本橋の老舗会社
実は、ミーレの取材を進めている内に、思い出した日本の会社があります。
有名ですが、家電メーカーではありません。日本橋の老舗会社です。一社ではなく、数社ですが、二社ほど例を挙げてみます。

一社目は、鰹節の「にんべん」。創業1699年。鰹節の美味さは、日本でも一、二を争う品質です。

二社目は、フルーツの「千疋屋」。千疋屋は、日本橋、京橋、銀座と3社ありますが、私のいうのは、京橋、銀座にのれんわけした、日本橋の総本店のことです。創業1834年。ここのフルーツも半端ではありません。ドバイのお金持ちも通うそうです。

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お江戸日本橋の名は伊達ではありません。
「日本橋スタイル」で世界に発信すべきでしょう。


これら老舗企業の歴史を紐解くと、長い歴史ですからね、何度も危機に陥っています。
話に出てくるのが、明治維新、関東大震災、東京大空襲。価値観が変わったり、店舗が全てなくなったり、大変です。当然、拡大、縮小を繰り返しながら、今に至っています。

話を聞くと、よくまあと思うほどのアイディアの宝庫です。例えば「にんべん」は、世界初の商品券を、天保元年(1830年)に出しています。「フレッシュパック」も業界初です。「千疋屋」は「フルーツパーラー」ですね。

しかし、双方共に、規模は大きくありません。従業員は、200〜300人規模です。そして規模は追わないとのことでした。特に千疋屋は徹底しています。

千疋屋のメインは、果物。
高級、一般に係わらず果物は必ず腐ります。規模を追うと、どうしても売れ残りが出てくる。自分が有するフルーツパーラーで対応できる内はイイのですが、余るとどうしようもない。金をドブに捨てることになる。
このため規模は追わないそうです。

では規模を追わない代わりに、どうするのかというと、長くお付き合いしてくれるお客様を作るのです。そのために、自分たちの品質(考え方)を分かってもらう努力をしています。千疋屋の「パーラー」は好例ですし、にんべんも「ダシや」を出し、皆さんにいいダシの味をアピールしています。自分の扱うモノをよく踏まえた上での対応です。

ミーレと全く一緒というわけではありませんが、かなり似ていると思いませんか?

 
■ミーレ社からの手紙
実は、それでもと、ミーレの本社に聞いてもらったことがあります。

それは「株式会社化の話は出たことがないのか?」という質問です。
「家」というものは、人が代替わり(ミーレ社は4代目)ますので、一人位儲けに走る人がいるかなぁと思ったのですが・・・。

答えは「一度もない。」との事でした。ここまで行くと見事なものです。

その手紙の、最後の一文を、是非皆さんに。

“We at Miele do not think in quarterly reports, but in generations.”
「我々ミーレが念頭に置いているのは四半期決算ではない。次世代である」

 
■サービス技術は最新
食器洗い機に特殊端子を装着、内部に蓄積された故障ログ(記録)を読み取る
さて「次世代」ということですが、その片鱗をサービスの中に見ることができます。

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ユーザーから見るとつるんとした表面に、コネクターを接続。
「サービスは黒子」の考え方も徹底している。


DSCF0855写真は、ミーレのサービスマンが現場に着いて一番はじめに行うことを再現したものです。何をしているのかと言うと、ログ(記録)を取っているのです。今の家電の制御は、センサーとPCの組合せですからね。エラー他、いろいろなログが残るのです。

私もメーカー勤めをしたことがあり、ユーザーさんとの対応経験もありますが、一番難しいのは、ユーザーさんの主張されることを正確に認識し、それとクレーム現象が合っていることを認識することです。

再現性の低い現象を問題にされる時もありますし、同じモノを別の言葉で話され認識が喰い違うこともあります。認識が一致し、買った時期、普段の使用状況が分かれば、クレーム対応もかなり素早くすることができます。

このログを取る方法は、そんな時とても便利です。コンピューター関連、医療機器関連では、かなり使われている手法ですが、家電ではまだ普及していない技術です。

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サービスカーは、バン型が雰囲気。
コロッとしている割りに頼れるところがイイ。


ミーレのサービスカーは、オーダーされた修理以外のサポートにも対応できるよう、中には、交換パーツがギッシリ
欧米、特に米国は国が広いため固定店舗を持たないことも多く、バンサービス(クルマで各エリアを巡回して、製品販売をするシステム。当然、クレーム処理も行う)が発達しています。このためメーカーが使う車は概してハデめです。その影響を受けてでしょうか、サービスカーは赤いボディに白ロゴ。ハデめでもありますが、何となく可愛らしくもあります。

 
■今後10年で全製品をIoT化
前述のサービスは、IoT(インターネット・オブ・シングス)ではありませんが、ミーレは今後10年でIoTを全製品に適応するそうです。具体的なIoTの内容はまだ明かされていません。が、ミーレのお話の最後ですので、空想をたくましくしてみましょう。

私があるとイイなぁと思う機能は、3つですね。

1つめは、常に機器が最新であることです。

例えば、調理家電でいうと、画期的なヒーターは、なかなかできません。つまり、ほぼ同仕様で、新しいプログラムと言うわけです。これが使えるようにして欲しいわけです。

例えば、2016年にベルリンのbという店の料理が大流行。その場合、そのレシピ、火加減をプログラムにして配布するなどというサービスです。いかに有名な料理を、テレビで紹介されても、味は伝わって来ません。が、それが再現できるなら、ちょっと嬉しくないですか?

 
2つめは、連携プレイができることです。

新しい調理器具でよくあるパターンは、使うときにアンペア数が足りなくてブレーカーが落ちたりすることです。最近は、アンペアでなく、ボルトアンペアで契約される家が増えていますが、これなどはピーク電力での契約になりますので、考えなしに使うと基本料金がガンガン増えます。そんな時、連係プレイができると電力ピークを抑えることができます。

実は、人が考えながら対応すると慣れるまでかなり面倒です。が、IoTなら問題ありません。これも便利です。

 
3つめは、異常診断機能です。

現在は、ユーザーが判断して、サービスを呼ぶ。そしてサービスがログを確認し、修理するのですが、IoTで診断。サービスの方から連絡が来るという話です。生活家電は、生活の一翼を担いますから、壊れたら本当に大変。壊れたときが買い替える時、と意を決して量販店に走る人も多いと思います。が、基本、まずは修理なのですがね。

これが壊れる前だとどうでしょうか? 人間ドッグでごく初期の癌を見つけ対応する様なものです。生存率が高い。これは家電でも同じです。

この3つは私の空想で、必ずしも実現される機能ではありませんが、あれば便利な機能ですし、IoTだからこその機能です。

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食洗機の排水孔、ゴミ取り部分。
手のひらサイズはモノを作る時の基本である。
メンテナンスもしやすい。


 
■日本でのミーレの課題
現在、世界唯一の高級家電メーカーであり、業績が右肩上がり、現在の製品が優秀であることはもちろん、IoTへの対応も怠りなく進めているミーレですが、課題はないのでしょうか?

日本での一番大きな課題は、ブランド認知(会社認知)でしょうね。派手な会社ではないですし、商品もスケルトンiMacの様に、とにかく人目を引くようなモノでもありません。質実剛健。

一度イメージが固まってしまうと、同様な品質で人気のルイ・ヴィトンのバッグのような支持のされかたになるのではと思いますが、まだまだ道のりは長いと思います。

3回に渡り、日本にないタイプの会社、ミーレを多方面から検証してみました。こんな会社もあるんだと思って頂け、より広い視野で、家電、家電メーカーを見て頂けるととても嬉しいです。
(このレポートは、WEDGE Infinityに掲載したモノを転載したものです)

 
ミーレのホームページ
http://www.miele.co.jp
 
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2016年7月26日

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